自分のことばを取り戻す

Webライター
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書けなくて、苦しい

書けなくて、苦しい。
書くことが好きなのに、好きだったはずなのに
自分の想いは全然書けない。

書く仕事をしているのに、書けない。
日々いろんな考えごとをしているのに、書けない。

写真が好きでカメラマンになったのに
写真が撮れなくなる人っているんだろうか。

なぜだろう。 なぜ書けないんだろう。

…自分の言葉を落としてきてしまったからだと思う。

おもしろがってくれた人

毎日友だちに手紙を書いていた中学生時代。
性格上、学校で生きづらさを感じていたし
悔しさとか、憤りとか、ささいな喜びとか
こみ上げてくるいろんな感情を言葉にしていた。
  
今読み返したらめちゃくちゃな文章だろうけど
彼女はわたしの表現をいつも
「すげーよ、えいみの感性は」とおもしろがってくれた。

書くことが楽しかった。

ことばを落とす

ところが高校のクラスメイトからは
「えいみの考えはよく解らない」と言われた。

分かってもらおうという気持ちもなかったため
表現を控えるようになった。
   
社会に出たら、職場では毎日KYと言われて
感性も感情も押し殺すことが当たり前になってしまった。

自分の考えなんてどこにも言えるわけない。

結婚して、転勤族になった。
引っ越した先々で楽しい思い出もたくさんある。
だけど本当の自分だったっけ…?

見ず知らずの土地でうまくやらなきゃと思うから
嘘はつかないけど、本音も言えない。合わせるだけ。
のっぺらぼうみたいになっていた。

中学生の自分にできた、ことばでの表現が
書きものを仕事にする今の自分にできない。

それなりの社会生活を送るために、感情表現を置いてきた。

ことばを取り戻せ

大人になってから
「えいみさん、ちょっと話聞いてください」と
声をかけられる機会がとても増えた。
たぶん、わたしが「ただ聴く」ことに長けたから。

本当に信頼できる相手じゃなければ意見は言わない。
否定も肯定もしない。

もし意見を求められたら
「相手が欲しいであろう言葉」を探して答える。

そういうとき、本当は、心の中では、
いろんな感情がごうごうと渦巻いている。

でもその感情を見て見ぬ振りするもんだから
人と話したあとはどっとつかれる。

困っている人に声をかけられたら放っておけない性格と
自分の余裕のなさが相まって
そのうち、だんだん、
自分のエネルギーと時間が搾取されている、と
感じるようになってきた。

特に、2020年のGWあたりから。
コロナウイルス感染拡大、自粛、ステイホーム。
職を失った人もいる。
外に出られない、実家に帰れない。
見えないストレスで、平常運転でいられない人が増えたと思う。

「聞いて聞いて」とやってくる人たちは
「えいみさんって受け止めてくれるから楽です」と。

いや…

わたしだって、つらかった。
仕事は減るし、年に数回の帰省もままならない。
誰がわたしの話に耳を傾けてくれるんだろう。

でもね、人に期待するのは違う。
自分のことばで表現して、自分でなんとかしていくの。

搾取されると思うなら、自分のことばで表現しなきゃ。
NOならNO。嫌なら嫌。

せっかくことばを操る仕事をしているのだから。
日常生活でも、活かせるはず。  

今日までの道のりで落としてきてしまった表現を
ひとつずつ拾っていきたい。

仕事とプライベートが混線

ライターになって
書きもので自分を表現できなくなった理由はもうひとつ、
仕事や知識と自分の想いの棲み分けができなくなったから。

・ライターはブログを書いた方がいい
・ブログをポートフォリオに
・SEOを意識して
・ペルソナを設定して
・誤字脱字、表記ゆれNG
・ひとりよがりの文章は読まれない

仕事を意識してブログを書くのならその通りだと思う。
でもわたしは自分の表現がしたい。

うまく両立できる人ももちろんいるのだろうけど
(今の)自分にはとても難しい。
…混線していたんだよね。

仕事につながれば嬉しいけど、求めない。
自分の想いをつづる文章。リハビリのためのブログ。

むろんWebに上げるから最低限の内容は気をつける。
…知識がついてしまったがために
必要以上に書くハードルを上げていたんだよね自分で。

ならば手元のノートに書きなぐればよいのだけれど
Webという大海原に浮かべた小びんが
誰かに届くかもしれない可能性を残させてほしい。

12歳の自分へ

中学時代、手紙を宛てていた友だちに
Webライターをしていることを報告した。

えいみの書く文章を読んでみたい。
えいみが書いてくれた手紙は今でも捨てられない。
あんたにはことばで表現する力がある。

うん。やっぱり書いて表現していきたい。


ライターとしてやっていくなら
クライアントさんの求める文章を書ければ
極論、それで良いかもしれない。

仕事は仕事、そこに何も文句はない。
ライターの仕事が好きだ。
だけどわたしは自分の表現もしていきたい。


ふと、ずいぶん久しぶりに小中高の卒業アルバムを開いた。
学校はずっと好きじゃなかったはずなのに、
不思議と胸が高鳴った。

かけがえのない瞬間の躍動を切り取った写真たちを見て
こんな写真のように、心の躍動をことばにしていきたい。

将来の夢「小説家」と書いてあった小学校の卒業アルバム。
ライターという職業を知らなかったから
小説家と書いたんだろうけど、
今、夢が叶ってるよ。

12歳の自分を後悔させないためにも
ことばが好きで
ことばで表現しつづけたい。

今日はその第一歩。

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